※この記事にはネタバレが含まれています。
また、記事の内容は個人的な意見であり、他者の代表ではありません。
S20 E06 『Over the Hill』『グリンとスティーブンのレース』
脚本: ヘレン・フォラル
内容: スティーブンは城で注目されるグリンに嫉妬して勝負に挑む。
【高評価点】
・スティーブンとグリンの関係性や、スティーブンの嫉妬の理由が巧み。
・お年寄り同士の言い回し。
・レインヒル トライアルの言及。
・競走開始のファンファーレ。
【低評価点】
なし
【このエピソードについて】
『コーヒーポットきかんしゃグリン』の続きです。引き続きこちらも第20シリーズとして扱わせていただきます。前回のお話ではグリンがオーバーホールを経て線路に戻るまでのお話という感じで、穏やかな性格である以外にはほとんど何も追加されていませんでした。ゆえに、前回のお話までを観た私のグリン像はまだ"小さなイースター・エッグ"の印象から離れられません。さて、このエピソードで印象を変えることはできたのでしょうか...?
原語版サブタイトルの『Over the Hill』とは、文字通り「丘を超える」ことと「初老を迎える」という意味のダブルミーニングになっています。また、「最盛期をすぎる」という意味にもなるため、スティーブンとグリンがもう他の新しい機関車に比べて速いとは言えないことを示しているとも言えますね。しかしどうしてこうもこの時期の吹替版タイトルはセンスに欠けているのか…。
競争をテーマにした作品は毎シリーズのお馴染みになりつつあります。第17シリーズでは久しぶりだったので新鮮でしたが、大体の競争のお話は展開を予測しやすいですよね。ですがこれは新鮮さ以上に面白いものだったんです。
まずスティーブンの嫉妬が面白いですね。彼に欠点を与えた方法が大好きです。長いこと、彼は城の中でも外でも"王様"であり、最も古く人気な機関車として、伯爵との間には友情と絆があるし、乗客や仲間たちの多くから尊敬を集め、のろのろながらも高い地位を誇りにしてきたがために、いざその地位が危うくなると、伯爵に認めてもらいたくてグリンよりすごいところを見せようと空回りしてしまうのが、もうおじいさんなのに元気な少年のようで可愛らしいです。一連の流れがコミカルなので、新入社員に対する嫉妬よりも、まるで、親に可愛がられていた長男に、さらに可愛がられる新しい弟ができた時の心情によく似ていますね。
次に、スティーブンとグリンの相互作用も魅力的です。スティーブンがレインヒル・トライアルの武勇伝を持ち出したのが好きです。映画『トーマスと失われた王冠』ではその一端を彼の回想シーンで描かれていましたが実際に言及するのは初めてです。これの何が素晴らしいかって、スティーブンをよりリアルな機関車に見せることができるんです。
レインヒル・トライアルとは、1829年10月に実際にあった出来事で、リバプール・アンド・マンチェスター鉄道の建設が完成間際になった時、列車を引っ張るのが定置式蒸気機関になるか、蒸気機関車を使うかを決定するための、蒸気機関車史で最も歴史的かつ有名な競争のことです。この競争には5台の機関車が参加し、それを見事に勝ち取ったのがロケット号=スティーブンでした。
しかも、それを自慢げに話すスティーブンの話を、グリンは伝説として知っていたのがなおのこと面白かったです。お互いに古い機関車とはいえ、1829年に製造されたスティーブンに引き換え、グリンはもし原作設定と同じなら1905年頃だとすると、半世紀以上も年が離れています。グリンのモデルになった機関車(1871年製造)でも42年の差があります。なのでスティーブンの苛立ちも、グリンが知っていたことも理に適っているわけです。スティーブンは初めて彼のデザインを見た時に、垂直ボイラーを使ったノベルティー号(トライアルの参加機関車の一台)を彷彿させたに違いありません(笑) 序盤の彼のセリフ*1がそれを物語っています。
クリス・レンショウの音楽もここで輝いていました。冒頭のレトロ調なトーマスのテーマアレンジも素晴らしいですが、スティーブンとグリンの競走開始前に、アメリカのロックバンド、"サバイバー"の「Eyes of the Tiger」のイントロのパロディが流れ、競走が始まったと思うと、突然呑気な調子の「ジングル・ベル」のアレンジを流したのは、このエピソードで最も笑わせられた瞬間でした。ミリーの役割もオイシイのがまたずるいですね。
その競走自体も、最初のうち標準軌の線路が単線で、しかもお互いの速度が遅い*2おかげで、本人たちは競争をしているつもりでも白熱のバトルというにはあまりにもユーモラス。
スティーブンが過去の栄光に縋るトップアスリートだとすると、グリンはごく普通の労働者です。前者が好戦的なのは理に適っているし、後者は速く走る事に自信がない。その前提もキャラクター性に含まれているのが良いですね。
もっと面白いのが、競争をする距離が彼らにとってかなり長いため、白熱のバトルから次第に年寄りの談笑を経て、自然とお互いを尊重し合うようになっていくところで、こういう意味でもとても斬新なストーリーですよね。話の内容も「近頃はみんな、鉄道があるのを当たり前だと思っている」と、印象に残り、とても気に入っています。
ゴードンとジェームスの出番も良かったですね。特に彼らが文句を言うのは典型的なものではあるのですが、むしろこの状況では非常にまともです。昼間だったのに、ナップフォード駅に着く頃には夕方になるくらい遅いのですから。
吹替版でグリンが言う「キミはまだまだひよっこだな、若きゴードン」と云うセリフは、原語版では全く異なるものになっています。
UK版では「Would you like a cup of tea with that? Young Gordon. (これでお茶でもどうだ、若きゴードン)」と、US版では「Would you like a glass of milk with that? Young Gordon. (これでミルクでもどうだ、若きゴードン)」と、双方で若干異なる言い回しをしていてとても気に入っています。ゴードンを赤ちゃん呼ばわりするジャブなら後者が効くと思いますが、UK版もおしゃれな言い回しで、特にグリンがスティーブンに「ティーポット」と呼ばれたのを基にゴードンを揶揄っているのが好きです。
ちなみにスティーブンとゴードンでは、90年以上の歳の差があります。
残念ながら、伯爵が領地で建設を予定している"新しい鉄道博物館"はその後、物語に登場することはありませんでしたが、それでも興味深い設定です。"クラシック機関車レース"と一緒に、ソドー島全体が巨大な保存鉄道に感じさせ、このようなイベントが、英国各地の保存鉄道で開催される"ガーラ"や各種イベントかのようで、リアルさを実感させられてとても良いですね。ホームでグリンとスティーブンの写真を撮っている一般人も含めて。鉄道の写真撮影は、現地の人曰く、英国では紳士の嗜みらしいですし。
【チェックポイント】
コーヒーポット機関車グリンは、ファンサービスを兼ねたイースター・エッグから、このエピソードで魅力的なキャラクターへと変化を遂げたと思います。陽気さと穏やかさを兼ね備えた性格のキャラクターが既にソドー島に多いので物凄く特徴的というほどでもないですが、ファークァー線の前任者でトップハム・ハット卿によって造られたというれっきとした設定も存在しますし、少なくとも性格の面では、ウルフステッド城では特に例を見ない存在です。
彼の性格は人懐っこく、謙虚で、仲間を心から尊重しています。特にスティーブンには競争を経て強い尊敬の念を抱くようになり、固い絆で結ばれるようになりました。嫉妬されていることや邪魔になっていることに気がつかなかったりするなど、ナイーブな一面も見られます。
「あちこちに異動させられた」描写を冒頭でしてくれたことが嬉しいです。これは、『はじめて物語』で最後にトーマスと出会った場面ではファークァー駅の側線だったはずですが、第1シリーズのファークァー駅に誰もいないことの辻褄合わせと、原作設定に基づいています。
全体的な面白さ:☆☆☆
鉄道らしさ:☆☆☆
リアリズム:☆☆☆
キャラ活用:☆☆☆
BGMの良さ:GREAT
アニメーション:☆☆☆
道徳:☆☆☆
【最終的な感想】
鉄道博物館が、その後お披露目することが無くても、これは私にとって今期のお気に入りのエピソードの一つです。グリンは今や魅力的なキャラクターへと変貌を遂げました。スティーブンもさらにキャラクター性に磨きがかかっていますね。展開はのんびりだけど、書き方は丁寧で、面白い瞬間がいくつもあって、温かい気持ちにもさせられるしで素晴らしいです。
それにしてもロバート・ノランビー伯爵はどこで稼いでいるんですかね。やはり領地を観光地として経営しているため? 貴族とていつでも永遠に金持ちであるとは限らないのでやっぱりその辺気になってしまいますね。
総合評価: 10/10
【第20シリーズ総合評価】
1 うたうシドニー 9/10
2 サンタクロースへのてがみ 10/10
3 トビーとフィリップ 8/10
4 ヘンリーか?ゴードンか? 10/10
5 コーヒーポットきかんしゃグリン 6/10
6 グリンとスティーブンのレース 10/10
7 ディーゼルのひみつ 9/10