※この記事にはネタバレが含まれています。
また、記事の内容は個人的な意見であり、他者の代表ではありません。2017年に書いた感想のメモを書き起こしたものです。
S20 E13 『Engine of the Future』『みらいのきかんしゃ』
脚本: アンドリュー・ブレナー
内容: レール・ツェッペリンのヒューゴが来島し、機関車たちは彼のような型式からとって代わられると思い込む。
【高評価点】
・アニメーション。
・ヒューゴの設定は実機の歴史に因んでいる。
・ロバート・ノランビー伯爵に各国に友達がいることを思わせる瞬間。
・道徳「結論を急いではいけない」
【中立点】
・「とって変わられる」ことを危惧するプロットなら、蒸気機関車全体よりも、気動車として同じ個性を持つデイジーがふさわしかったのではないか。
【低評価点】
・『ハーヴィーのはつしごと』、『あたらしいきかんしゃネビル』、『エドワードのしっぱい』などから何も学んでいない蒸気機関車たち。
・ペース配分が酷く、トーマスとパーシーがゴードンたちを説得する描写や会話全体がハブられており、話に中身がない。
・大半のキャラクターは全てプロットに押し出されている。
【このエピソードについて】
例年のテーマ別DVD『Extraordinary Engines』の目玉とも言えるヒューゴがついに登場します。この回は他の収録エピソード同様、DVDの発売やiTunesでの配信を迎える英米よりも先に日本で放送されました。過去に記事を書きましたが、その絶大なインパクトと、知る人ぞ知るプロペラ推進式の鉄道用試験車がこの『きかんしゃトーマス』シリーズに登場するということで、ファン以外の人からも話題になりましたね。
ポーター、サムソン、フィリップに次ぐDVD用の目玉キャラクター、ヒューゴはどんな活躍と出番を迎えるのか。早速観ていきましょう。
物語に触れる前に、まずはヒューゴ(Hugo)について熱く語ろうと思います。
ヒューゴのモデルとなったシーネンツェッペリン、またの呼び名をレールツェッペリン*1は、実際に1930年にドイツで1両だけ製造された試作機です。形が似ている0系電車よりも30年以上先輩なんです。
一方、TV版の『きかんしゃトーマス』は大体50~70年代を想定しているそうなので、未来の機関車というにはいささか古い気もしますが、その目で焼き付くことのないはずの車両がこの年代当時*2の英国に現れたとしたら、そう感じるのも想像に難くありません。
レールツェッペリンは、長い全長に対して車輪は2軸でホイールベースも離れています。ちょうど今回のヒューゴみたいな感じで。(後にボギー台車になったり4枚の羽が2枚になったりしたようです)。総重量約20トン、40人乗りのガソリン駆動の気動車。BMW VI型12気筒航空機用のエンジンで木製*3のプロペラを駆動させて推進し、1931年5月10日には時速200キロを、同年6月21日には時速230.2キロにまで達し、鉄道の世界最速記録を樹立しました。
その後も何度か改造を受けて実験を繰り返しましたが、後部にプロペラがあるという構造上、他の車両を連結することができず、鉄道駅でプロペラを回転させると危険な事故につながる懸念からか、1939年に解体されて実用化には至りませんでした。車体のアルミニウムは戦闘機の材料に当てられたようです。
そんなヒューゴは実機の利点と欠点を忠実に再現したキャラクターになっています。プロペラも木製です。ただし、初期型にもかかわらずガソリンではなく後期型のディーゼル駆動です。劇中では、ゴードンを追い越すケイトリン*4をも追い越すほど速く走れる代わりに、実機さながら連結器がなくて何も牽けないことと、プロペラが危険だと心配されていて駅を出るときには回さず非常に用心していると、ヒューゴ本人が嘆きながら説明しています。
製造年については劇中で説明はありませんが、スティーブンから「未来の機関車だ」と言われてヒューゴの表情が曇ることから、すでに彼の「未来」が訪れなかったことが示唆されていると言えます。
もし実機通りに解体されていたとしたら、初期仕様に作り直されたんですかね。
もう一つ素敵なのは、運転士です。彼の名前はフランツ(Frantz)。当時調べていたのですぐにピンと来たのですが、彼の名前はレールツェッペリンを設計したフランツ・クルッケンベルク(Frantz Kruckenberg)に由来しています。フランツ・クルッケンベルクは1965年に死去しており、『SLOTLT』*5よりも後の時系列だと、彼の見た目的にも一致せず、同名の別人と思われます。
この回の冒頭以外にセリフがなく、そんなイースター・エッグ的な立ち位置のフランツですが、注目したいのは名前だけではありません。ロバート・ノランビー伯爵と友達ということです。伯爵が「Great scott!」と古風な驚き方をするのが良いですね。
ロバート・ノランビー伯爵と言えば、『KOTR』では世界旅行から帰ってきたばかりで、ウルフステッド城の再建のために各国の骨董品や機関車を集めて回っていました。フランツはその時に出来た、あるいは過去に伯爵と出会った友人なのでしょう。
また、伯爵の領地鉄道では各地で友になったスティーブンとミリーに加えて、発見されたグリンなど古い機関車をまるで小さな保存鉄道のように走らせています。しかも本人やミリーの発言からはその旅行が長年に渡っていることが伺えます。もし、フランツが出会った当時から伯爵の野望を知る人物だとしたら、彼に影響されて、可哀想な運命をたどったヒューゴを、保存目的で再建したという仮説(憶測)ができます。そう考えると、アツくないですか? 世界の広がりを実感できる素敵な瞬間だと思います。
フランツの声優は、原語版ではキース・ウィッカムがドイツ訛りで彼を演じています。日本語吹替版は樫井笙人。
本来チェックポイントに書くべき事項ですが、この回をレビューする上では、それを前提に置こうと思いました。それでは物語について語っていきましょう。
そうですね、このエピソードは、実機通りの利点・欠点を持ち、歴史的背景を感じられるヒューゴの表情の変化、運転士のフランツ、ならびに声優とアニメーションとレトロフューチャー風な音楽を除くと、物語はひどくお粗末です。もっと悪く言えば、上述で良い部分は語り終えたと言っても過言ではありません。
伯爵の領地鉄道で働く、島で最も古い時代に造られたスティーブンを取り扱うことで「(機関車が新しいものに取って代わられる様子を)私はこの目で何度も見てきた」と論すことで説得力が生じ、他の機関車たちを不安にさせる導入は百歩譲ってまだ良いとしても、基本的なプロットは"新しくて変わった存在に取って代わられると思い込んだ機関車たちに仲間外れにされる"というものです。S6『ハーヴィーのはつしごと』で全く同じことをやりましたよね?
いや、それどころかS9『あたらしいきかんしゃネビル』、S10『エドワードのしっぱい』などでも似たことを行いました。これら3つのエピソードと今回は共通してキャラクターがそれぞれ持つ性格にかかわらずプロットに押されていて(ネビル回はまだマシな方ですが)、特にエドワードが顕著ですね。今回で中立的な立ち位置にいるのは、パーシーのみ。だけど微妙に敵対心を抱いています。
教訓も「結論を急いではいけない」「でたらめを言って他人を傷つけてはいけない」をテーマにしていますが、これだってティドマス機関庫の機関車たちはこの教訓をすでに何年にも渡って学んだはずです。直近のシリーズでもそうです。自分たちの代わりはいないということを。
皮肉なことに、ヒューゴと対面する夜の機関庫の場面自体はキャラクターの性格がよく表現されていますね。ゴードンとジェームスはヒューゴを睨みつけ、蚊帳の外であるかのように知らんぷりをするトーマスとそれにショックを受けるパーシー、そしてなんか怯えてるヘンリー。
なお、エミリーは直前まで不安感情を抱いていますがヒューゴの前では表情が確認できませんでした。エドワードはゴードンとジェームスに対して終始睨んでいるようにも見えますが、ヘンリー回と違って同意の眼差しにも見えるため、判断が難しいです。
本当に最悪なのは、それ以外に何も追加しなかったことです。ヒューゴに関しては、伯爵たちから高い評価を受けるものの、ハーヴィーやロッキーのように得意を見つけて活躍することもなく、愛想笑いをして諦めて、ただ上述の同情を誘っただけ。
その感傷的なヒューゴに気づいたパーシーは彼を元気付けなきゃいけないとトーマスに相談しますが、間に挟まる場面はヒューゴが集中できなくなったのかプロペラを回しながら出発したり、トップハム・ハット卿をはじめとした要人に評価される場面のみで、機関車たちと会話を交わすこともなく、最終的にプロットはエンディングまですっ飛ばされます。なんの説明も無くみんながヒューゴを好きになり歓迎するのです。中身がないどころの話じゃない!!
それにエドワード、ヘンリー、エミリーはともかくとして、ゴードンとジェームスはどうやってトーマスとパーシーの説得を信じたのでしょう?
これらの低評価点から少しでも面白くする案があるとすれば、まずペーシングを考えることでした。物語のほとんどはヒューゴがいかに素晴らしいか、見た目がユニークかを評価する場面ばかりで、ユニークな機関車や歴史が好きなノランビー伯爵以外の場面は不要に思えます。代わりに機関車たちとの会話を増やす必要がありました。
次に、ティドマス機関庫のメンバーを仲間外れにする役から除外します。彼らはもう何度も学んでいるからです。代わりに島で唯一の気動車であるデイジーと絡ませるのはいかがでしょうか。彼女は神経質で、最新式を謳っている身で、そこに未来の機関車と呼ばれたヒューゴが現れた時のことを想像してみてください。もしハロルドが彼を見たら? できたことはいっぱいあると思います。
アニメーションと音楽はいつも通り素晴らしいです。ヒューゴがプロペラを回して走り出すとき、その前の場面で駅員が吹っ飛ばされていますが、パーシーも目をパチパチさせて、実際に風が強いんだなと思わせる描写をしていたり、キャラクターごとに表情や感情が異なっていたりと、細心の注意を払って映像を手がけていたのが印象的でした。皆さんもぜひ物語を見つつ、キャラクターの目線や表情に注目してみてください。
【チェックポイント】
ダンカンとサー・ハンデルとノーマンというなんてマニアックな組み合わせ…!
スティーブンの回想は『KOTR』のものと同じです。
特に意識はしていないと思いますが、この場面で流れてるBGM、若干旧ジェームスのテーマのイントロっぽくないですか。あと赤急行似合いますね。
トップハム・ハット卿の連れてきた要人と家族たち。
左から、トップハム・ハット卿夫人
ミスター・パーシバル
スティーブン・ハット (手前左)
ブリジット・ハット (手前右)
カラン(カレン)卿 (後ろ左)
ボックスフォード公爵夫妻 (後ろ右)
トップハム・ハット卿のお母さん
原作者ウィルバート・オードリー牧師 (一番奥)
ソドー島の市長
原作者もトップハム・ハット卿の連れてきたVIPとして出てきたのはちょっと嬉しいですね。ただ、実際のオードリー牧師がドイツのレールツェッペリンを見て乗りたいと思うかは分かりませんが…(苦笑)
全体的な面白さ:WTF?
鉄道らしさ:☆☆☆
リアリズム:☆☆☆
キャラ活用:☆
BGMの良さ:☆☆☆
アニメーション:☆☆☆
道徳:☆
【最終的な感想】
ヒューゴのキャラクター設定は良かったですが、結果としてヒューゴ以外は使い古された展開で、たとえトーマスとパーシーをはじめとしたティドマス機関庫のメンバーを主人公にすることが、70周年を迎えた第19シリーズでトーマスを必ず登場させることと同じような企業命令だったとしても、たとえヒューゴが挽回しなかったとしても、どのように他の機関車たちがヒューゴを受け入れたのかを描写していれば、過去3回の同様の流れと区別化ができたはずです。重要な部分を省いたおかげで怠惰で急ぎすぎに見えました。ヒューゴを史上最悪のキャラクターだと評する人も見たので、いくら実機の背景を知っていても、だからと言ってフリンみたいにぐずぐずしている様に同情しにくいのも理解できます。
すでに前期からブレナー執筆回に不安を抱き始め、彼自身を嫌いになりかけていますが、今期も目玉キャラを含む10のエピソードを手がけている上、同時期に70周年のための大作を2つ書いているしで余裕がなかったのなら同情します。
ヒューゴのキャラクター分析に関しては次回のレビューで話します。
総合評価: -3/10
【第20シリーズ総合評価】
1 うたうシドニー 9/10
2 サンタクロースへのてがみ 10/10
3 トビーとフィリップ 8/10
4 ヘンリーか?ゴードンか? 10/10
5 コーヒーポットきかんしゃグリン 6/10
6 グリンとスティーブンのレース 10/10
7 ディーゼルのひみつ 9/10
8 ブラッドフォードってきびしい 9/10
9 じかんをせつやくしよう 5/10
10 ライアンとデイジー 10/10
11 やみにひかるヘンリー 9/10
12 おそろしいようかい 2/10
13 みらいのきかんしゃ -3/10